戯 幽(たわむれ かそけ)のオカルト覚書です。
アウトプットのための読書に挑戦中です。まだまだ手探り、カメの歩みです。
メモを取りながらですと削ってもよい情報がわからず、すべて書き写す作業になっています。
そんななかですが、かなりマニアックな内容がありました。
なにせGoogle検索でも引っかからないのでソースはこの本一冊という心許ない状況なのですが、だからこそ紹介したいと思いました次第であります。
種本はいつものこちら。
今回のネタはP262を丸写し、に近いです...。しかし面白い話なのであえて進めます。
今回の主人公は「タルトス」。ベナンダンティ、クルスニキなどの、ハンガリー版です。
しかし、特徴はほとんどベナンダンティ、クルスニキと同様に見えるのですが、筆者は『ハンガリーのはタルトスは明らかにインド=ヨーロッパ 語圏の外に我々を導くのである 。』と述べています。実は私、最初はこの一文の意味がわかりませんでした。それも含め、タルトスの説明と考察をいたしましょう。
さて、タルトス。この呼び名はおそらくトルコ起源であろう、と述べられています。
時代は16世紀後半、舞台はハンガリー第ニの都市、デブレゼン(本書での書き方。スペルはハンガリー語でDebrecenであり、一般にはデブレチェンと表記される)。
タルトス達は悪魔崇拝の科で裁判にかけられました。ここで特筆すべきは、彼ら・彼女らは告発を断固として跳ね除けたことです。
例えばアンドラス・バルタという女性は、神自身によってタルトスの長に指定されたと言明しました。その時彼女は、『なぜなら 神はまだ母の体内にいる時タルトスを作り、後に自分の翼に乗せて 、鳥のように空を飛ばせ、 「空の支配のために」 魔女や 魔術師と戦わせるからである』と述べています。
タルトスについての資料は豊富にあるが、歴史とともに変遷している、と筆者は述べています。具体的には女性のタルトスが減少していたとのことです。
資料が豊富、でもハンガリーともなると日本語での検索で引っかからないこともあるのですね…。
さて、タルトスは生誕時に特徴があります。具体的には、
- 歯が生えたまま生まれてくる
- 手に6本の指がある
- 羊膜袋をかぶって生まれてくる
です。3番目の羊膜についてはまたか、という気がしなくもないですが、実はここでは『ずっと稀なのだが』との1文が書かれています。筆者が加えたのか、当時の記録にあったのかは定かではありませんが、ベナンダンティやクルスニキの必要条件であった羊膜が『非常に稀』とあるのは興味深いです。羊膜に包まれての出産は早熟時に多いのですが、医療が発達した現在でもこうした子供の出産は八万人に一人。如何に当時の大国ハンガリーでも、やはり稀であったと思います。逆にベナンダンティでさもちょっと珍しいくらいの扱いなのが不思議なくらいです。余談てすがハンガリーの最盛期は15世紀。16世紀後半にはオスマン帝国に敗れているのですが、そのような時期だからこそ異端審問は苛烈になったのでしょうか。
さて、誕生時とは別に、その後の生活においても特殊性があります。
- 小さい時から口数が少なく憂鬱
- 強壮で乳を大量に飲む(大人になるとチーズや 卵も大量に食べる)
子供らしくなく常に沈んでおり、そのくせ体は強い。傍から見れば少々不思議な、悪く言えば不気味な子供に見えるかもしれません。
さて、ベナンダンティは先達者に呼びかけられ、魔女との戦いに参加するようになります。
これに対し、タルトスは「入会式」が明確にあり、イニシエーションと捉えられる行動を取ります。それは一般的に「眠り」と呼ばれるそうです。
『この時期 将来のタルトスは「身を隠している」と言われている
時には体がバラバラになったり 例えば 非常に高い木に登ると言った途方もない試練を克服する夢を見る。タルトスは種馬 雄牛 あるいは炎になって 定期的に戦う(年に3回あるいは 7年ごとに1回など)普通はタルトス同士で戦う。 魔女や 魔術師と戦うのは稀だが、それは時には外国人で、トルコ人 や ドイツ人であったりする。彼らも動物や炎に変身するが、 色が違っている。タルトスは動物に変身する前に、一種の熱に体を襲われ、霊魂の世界と接触して、脈絡のない言葉をしゃべる。戦いはしばしば 雲の中で行われ、 嵐が伴う。戦いに勝ったものは、 自らの集団に、7年間、あるいは翌年の豊作をもたらす。このために、旱魃が来ると、農民たちは タルトスのもとに金や贈り物を持って行き、雨を降らせるよう頼む。タルトスの方は、嵐を起こすと脅したり、不思議な力を誇示して、農民から牛乳や チーズをせしめる。その力とは、隠された宝物を探し、妖術にかかったものを治療し、太鼓(さもなければ、ふるい)を叩いて 村にいる 魔女を見分ける力である。だが彼らの仕事は自ら選んだものではない。呼び出されると、抵抗はできない。しばらくすると( ある証言によると15歳だが、しばしば さらに高年齢に達する)タルトスはその活動を止めることになる。
『闇の歴史:サバトの解読』
カルロ・ギンズブルグ
…、はい、こちらが「まるっと引用」の部分でございます…。タルトスの入信儀式、戦い、共同体での役割など、削る部分が無かったので、ご容赦ください。
「豊穣のための戦い」の一点に着目すれば、ベナンダンティやクルスニキ、イヴォニアの狼憑きと変わりません。
ここで、著者が『ハンガリーのはタルトスは明らかにインド=ヨーロッパ 語圏の外に我々を導くのである 。』と述べた理由が見えてきます。ベナンダンティなどと違い、タルトスには旱魃の際に依頼され雨ごいをする「役割」があります。
前回、前々回の恍惚でもふれた、共同体との関係を持っているのです。サバト考 その五 恍惚を更に深く - 戯 幽のオカルト覚書
恍惚の記事で、ベナンダンティなどは平時は普通の人であり、周囲の人間も特別視をしていませんと書きました。
対して、今回のタルトス。コミュニティのなかで明らかに特別視され、特別ゆえの役割を果たします。
またさらに、タルトスは「嵐を起こす」と脅迫さえします。彼らにはそうした能力がある、と信じていなければこの脅しは成立しません。
このように、
- 誕生の特異性
- 豊穣のための戦い
といった共通点を持ちながら、コミュニティの観点からは全く別物のように見えます。
これが、著者の言う、『ハンガリーのはタルトスは明らかにインド=ヨーロッパ 語圏の外に我々を導くのである 。』ではないでしょうか。
世界でシャーマンと呼ばれるものは、共同体において何らかの役割を果たします。日本のイタコやユタもシャーマンに属しますが、コミュニティの中で特別な地位を占めていると言えます。言い換えれば、「私は特別であり、そのことは共同体でも認識され、かつ必要ならばその役割を果たす」ということです。
タルトスはこの点を満たし、ベナンダンティやクルスニキは満たしません。これが非常に似通った両者の決定的な差ではないでしょうか。
また、最初に触れた、「彼ら・彼女らは告発を断固として跳ね除けた」についても、共同体で認められていたが故に自分たちは異端ではないという自負があったのではと推測されます。
検索しても出てこないのが逆に好奇心を刺激し、紹介させていただきました。
なお、「タルトス ハンガリー」だと少し出てくるようです。それでもざっと見た限りは「シャーマンである」くらいの記事でした。また、フロイトを扱ったドラマで言及されているようです。
ハンガリーは東欧ではなく中欧に位置し、地理的にはドイツ、オーストリア、チェコ、そしてハンガリーとなるようです。文化としては西欧的であり、以東のスラブ文化圏とは異なります。
そうした「西欧」の文化圏でありながら、非西欧的なシャーマンという点でやはり特異な存在と言えるでしょう。
日本語Wikipediaではサバトの項目で登場します。英語ではタルトスの記事が独立して存在しますので紹介してきます。
こちらでは超自然的な力を持つシャーマンとはっきり書かれていますね。
シャーマンの定義などもやや複雑なので、またどこかで書きたいところです。
今回は特別な能力を持つ人間が、共同体においての立ち位置の違いから自身をどう扱ったか、またどう線引きされるか、というお話でありました。